スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

地図にない国 (作者:彩香)

地図にない国 【3】

とっぷりと夜の闇に使った砂漠に、小さなランタンの炎が揺れる。温度は急激に下がり、話し声も霞んで消えそうなほどささやかになった。
「ねぇ、あとどれくらい?」
「あと3分の1くらい。」
「3分の1?そんなにあるの?」
ナナの歩調はだんだんと遅くなり、ついには立ち止まり震える体を自分で抱き締めた。
「寒いよ。もう、歩けない。」
ハヤテは焦ったように振り返る。
「ナナ、お願いだから、わがまま言うなよ。」
「ハヤテはランタン持ってるから暖かいかもしれないけど……。そうだ!私がランタン持つ。貸して!」
ハヤテの返事も待たず、ナナはランタンを手からもぎ取る。ランタンは大きく揺れて、中の炎も大きく揺れてふっとその炎は消え、二人の姿は闇に沈んだ。
「冗談だろ!もう、マッチ残ってないよ!今のが最後だったのに!しかも、今夜は三日月!こんな薄暗い中で旅をしなきゃいけないなんて。……僕は間違ってた。ナナ、僕は間違ってたよ。なにが間違ってたかって?!君みたいな勝手なやつをこの旅に連れてきたことだよ!」
ハヤテは力いっぱい怒鳴った。このときばかりと、今までの鬱憤すべてを詰め込みナナに向かって怒鳴った。すぐにもナナが反撃に出ると思っていたハヤテは、何もいってこない彼女を不思議に思い、暗い靄がかかったような視界の中でナナを見た。
「その通りよ。」
「え?」
「今回ばかりはハヤテに同感。私なんかつれてこなければよかったのに。ハヤテはなんだかんだ言っていっつもわがままで気まぐれな私の言うことを聞いてくれるわ。……だから、困るんじゃない。」
ハヤテはナナを見つめたまま固まってから、耐え切れずに笑った。体から噴出す怒りの感情で脳みそが沸騰しそうだったからだ。
「困る?君のいうことを聞いてやってるのに、困るだって?ああ、そうかい。そんなこと言うんなら僕は好きに行動させてもらう。」
ハヤテは大きなリュックのふたを開け、そこからナナのリュックを取り出し放り投げた。
「君の荷物はこの中だ。防寒具も入ってるから凍え死ぬこともないよ。今まで困らせていたとは知らなかったよ。これからは僕の好きなようにする。」
ハヤテはナナに背を向け歩き始める。ナナは震える声でハヤテの名を呼ぶ。ハヤテは振り向いて、念を押すかのように言った。
「ナナ。僕は君が僕を拾ってくれて本当に感謝してる。でも、何でもかんでも僕が君の言うことを許すと思ったら大間違いだ。いいか、絶対についてくるなよ。」
ハヤテはがむしゃらに走った。とにかくナナから離れようと考えていた。わがままを聞いてやっているのに、困るだって?! ハヤテはむしゃくしゃとした気持ちのまま力の限り走り続けた。そんな力はほとんど残っていなかったが、それでも足は止まらなかった。気づけばまったくよくわからないところに来ていた。右を見ても左を見ても何もない。砂・風・三日月。そしてハヤテただ一人。走ったせいで湧き出てきた汗が、風に冷やされてスーッと冷たくなる。体中の熱がすべてなくなる感覚に襲われ、気づけば意識を失っていた。

彩香 著