スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

フェイクファー (作者:朱音)

フェイクファー 【5】〜完結

『あのさぁ、』
「うん、」
『ちゃんと言ってくんないと私、わかんないよ?』
「・・・杏奈、今夜会える?」
『今夜?』
「そっち、会いに行っていい?」

電話越しじゃなくて、直接会って彼女に伝えたいと思った。
俺がこれからの未来を探し求める上で、一緒に隣を歩いて欲しいひと。
いつものような軽い冗談じゃなくて、真剣な言葉を吐き出すことは難しいことだ。
地に足をつけて未来へと進んでいけるような言葉を与えたいと、強い気持ちで願った。
生まれてくる言葉は、あのときは知らなかったもので、
過去の君が今へと繋いでくれた、そういうことにしておけば楽になる。


僕が無意識のうちにもう一度、名残惜しむようにその喫茶店を振り返って見つめてしまったのは、
あのときの姿を少しだけ思い出させた過去を、振り切るためだったのだろうか。
僕はその姿を忘れるために一度瞼をきつく閉じて、鞄を抱えて少しだけ早足で歩き始めた。
降り注ぐ日差しはあのときと同じように眩しくて目を細めたら、
大切なものが見つかったような心境になって、優しくて嬉しくて切なかった。


=完結=

朱音 著