スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

君に触れたい、君に触れない (作者:仲野フレン)

君に触れたい、君に触れない 【1】

彼と付き合い始めて3年がたったというのに、私と彼は手を握ったことすらなかった。

彼には「症状」があったからだ。

彼は、自分の恋人の手はおろか、人の体に触れることすら恐怖のためできない。彼が行ってきた長年の治療のおかげで、ものはかろうじて手に取れるようにはなったが、人間を含む血の通う生き物に触れることは、彼にとっては死より怖いことだった。

今から3年前、私はそんなことを何も知らずに、彼に告白し、そして恋人として付き合い始めた。

彼は自分の「症状」を私に黙っていたが、初めての彼とのデートのときに、すぐに発覚した。

彼が私よりも数歩先を歩くので、ちょっと小走りに追いつこうとした。

そして、他のカップルみたいに、彼の手をつなごうと、彼の左手に手を伸ばした。

彼の左手に私の右手が触れたその瞬間、

彼は、とたんに声にならない悲鳴をあげた。顔を真っ青にしながら。

「え……!」

私は何が起こったのか分からなかった。彼の身にいったい何が――?

「あ……ごめん……」

彼は我にかえると、うつむき、くぐもった声で言う。

「なんで謝るの?」

「ごめん……ホントにごめん……」

私は、

「謝らなくていいから!一体どうしたの?あんな声あげるなんて……」

と彼に尋ねる。

彼はうつむいたまま、

「ものに触れないんだ」

「……え?」

「なにもかもが怖くて。もしなにかに触ったら、今みたいに……」

「うそ……」

私も彼もそれ以上何も言えなくなった。

私は、彼のことばを、なんとなくだけど、こう解釈した。

私と彼は恋人でありながら、キスをしたり抱き合ったり、いや、手をつなぐことすら許されない、と。

――でも、たとえそうでも、私は――。

彼は口を開いた。

「ごめん……俺みたいなやつが、人と付き合う資格なんてないよな」

「……そんなこと」

私は――決心した。

「そんなことないから!」

――彼のそばに、ずっといよう。

「私、君の彼女だよ?君のこと全てを愛するから!だから、人と付き合う資格ないなんて、もう言わないで!お願いだから……」

仲野フレン 著