スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

めざめ (作者:あつこ)

めざめ【14】

好き、たった2文字の言葉なのに。なんでこうも言えないんだろう―
それがもどかしくて、苦しくて、切なくて。
言えたとしても、それから先のことを考えると言い出せない。

俺はそんなことをぼんやりと考えながらサオリさんの長いまつ毛とその影を見た。

手を一つだけ握りしめる 鼓動とその先に見えるのは手首に浮かぶ真っ赤な―傷。

「ソレ」は明らかに事故、とは言えない生々しいものだった
悲鳴を上げるようにして、泣き叫ぶように。必死に何かを伝えようとするように。
故意的にやったとしか見えなかった。

驚いて凝視していると、サオリさんはハッと気づいたようにして
握っていた手をパッと離して俺の手を払いのける

「それ・・・・」
俯いて、後ろめたそうに無理して笑ってサオリさんは言う「ケガしたんじゃ無いよ?」
俺がえ?と聞き返しそうになる暇も与えずにサオリさんは話す

「自分で、斬ったの。」
俺は馬鹿みたいに聞き返す 「―――痛く、無いの?」

「痛いよ、でもすぅーっとね、血が出てるの見ると凄く、安心して、気持ち良いの。」
「安心…?」
「そう、安心。」

全く言ってることが分からなかった。
自らを刃物で切り裂くという概念がこれまでの自分には無かったからだ。
「ホントに気持ちいい?」身を乗り出して聞いてみる
「うん、ホッとするの。―――やってみる?」

サオリさんは制服のポケットから小振りのカッターナイフを取り出して妖しく笑った
背筋が凍るほど、それは怖く俺の目に映った


サオリさんのことを分かりたい、知りたい。


そんな焼きついた想いが一瞬、目の前を霞んで行った
「・・・・うん。」
「そ、じゃぁホラ。腕出して」慣れた手つきでカッターナイフの刃を取り出す。
俺はそっと、服の袖をめくり、サオリさんの元へ腕を出す

これで、またサオリさんに近づける。痛いかもしれないけど・・・分かることが出来る。

覚悟を決めて、目を瞑った。サオリさんが俺の左手首を掴んだ、その時。
「やっぱ、ダメ。やってあげない。」
つまんなそうな顔でサオリさんは俺の腕を宙に放り投げた
「え!?やってよ!!!」
声を荒げて俺がそう言ったらサオリさんはカッターナイフをポケットに入れて笑って言った

「こんな気持ちいいこと、翔太にはさせてあげないよ、」

「いいじゃん、させてよ。」と言い返すと「まだガキだから、ダメ。」と可愛くおどけて言った。

俺はつまんない、とぼやきながらまた少し笑って空を眺めた

あつこ 著