スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

優しくなりたいな (作者:あつこ)

優しくなりたいな 【6】

菜の花畠に入日薄れ 見渡す山の端 霞深し
春風そよ吹く 空を見れば 夕月かかりてにおい淡し
里わの火影も森の色も 田中の小路を辿る人も
蛙の鳴く音も 鐘の音も  さながら霞める朧月夜


僕の眠りを必ずと言っていいほど、邪魔をする懐かしい歌
小学校の頃に習った記憶だけはぼんやりとある
いつの間にか歌っている唇、驚きを止められない瞳。
ああ、全ては「篠崎」さんのせいだと確信した
あの人が歌うから、思い出しちゃったじゃないか。真弓のことまで。
真弓もこの歌が好きで、でっかい声で歌っていた
歌っている真弓の横顔は憂いを帯びているように見えて不思議だった
真弓があんなに、儚げに見えたのはいつの日もあれが最初で最後だった
歌い終えたときの真弓はいつもの真弓に戻っていて
さっきまでの些細な時間が現実なのか、それとも夢なのか。
僕は分からなくなって、立ち尽くしたままだった
あんなに人の心を揺さぶった歌は、真弓の「朧月夜」以来一度も感じていない。

月夜の晩は眠りを妨げる忌々しい曲なのになんでこうも口ずさんでしまうのだろう
何を想って歌っている?何を見ている?何を考えて歌っている?

あの時の真弓は、何を考えながら歌ったのだろう。
そして「篠崎」さんは、今何を想っているのだろう。

恋は、遠くて儚い。
そして一瞬にして目の前を去っていく。あの歌のように。

あつこ 著