スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

優しくなりたいな (作者:あつこ)

優しくなりたいな 【7】

「手紙。水島恵一より。…俺宛?」
ポストに突然入れられた手紙に心当たりは無かった
人の顔や名前はわりとすぐに覚えられるほうなんだけれどな、と思いながら表を見たら違った
「篠崎…まゆみ様?」
同姓同名なんてよくある話で珍しくとも面白くもなんとも無い、んだけれど
やっぱり引っかかった。まゆみ、まゆみ、真弓?
篠崎、真弓?真由美、眞由美、麻由美、マユミ?
ああ、真弓。

単なる偶然を祈った
嬉しかったけれど信じたくなかった。
「真弓」はいつだって僕の憧れで、夢で、思い出で、全てだった
誰だってあの時の真弓に叶うものは居なかった
女の子と付き合ってもすぐに真弓の歌声を思い出して、たいして長続きしなかった

水島恵一からの手紙は見なかったことにして、隣のポストに入れなおした
中身を見る勇気までは僕には無かった

あれは「篠崎まゆみ」様に宛てられた手紙であって、僕宛でも「真弓」宛でも無い。
別にただ、配達員が間違えただけの一通の手紙。
僕はうろたえることも、焦ることも、こんなにドキドキすることも無い。
そう言い聞かせてポストに手紙を入れた

カタン、と音がして僕は部屋に戻ろうと足を向ける
「はぁい、手紙?」と女の声がした
声が出せずに何も言えないでいたら「篠崎さん」は「いつもどうもありがとう」と言った
あ、勘違いしている。僕配達人じゃないのに。覗き穴も見ずにお礼を言ったんだ。

今、居るんだ。彼女。
初めて聞いた「ちゃんとした声」は凛と通っていて、懐かしかった。

あつこ 著