スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

魚 (作者:あつこ)

魚 【3】

七海の涙は海の色 海のにおい。
海の色は七海の色 七海のにおい。

冷たい七海の涙を僕は拾って、おでこにキスをした
その間中も波は鳴り止まず、
僕らの言葉を遮るるようにして言葉に出来ない想いたちを波に乗せてお互い、手を握りしめた


「私、本当は魚なの。」
波の音に掻き消されないぐらいにハッキリとした声で唐突に言った
「魚?は?」
「私、魚なの。本当は。」依然と姿を変えずに凛々しく言う
「魚?七海が?」
「そう、魚。」

嘘なのか本当なのか、ただの冗談なのかよくわからないけれど
言われて見ればそう見えた

僕らが出会った時の七海なんて、まるで魚というより海に見えた
泳ぎかただけではなくって、手とか、足とか。
髪の毛の色や瞳の色まで。

「魚なの?本当に?」
「うん、私海からやって来たの。」
「海から来たんだ。いつ来たの?」
「いつもこの海にいる、夏になると外に出るんだ」
「いつになったら海に戻るの?」
「秋になったら自然に海に帰れる、帰ろうと思えば今でも帰れる、けど。」
「けど?」
「あなたが居るあと3日は海に帰りたくない」

海に帰る彼女を想像した
その姿は滑稽にも見えて、だけれど儚く見えて、胸が痛くなった
「俺が帰ったら、七海も海に行っちゃうの?」
頬に影をつけて彼女は呟く「わからない」
「行かないでよ、お願いだから。俺、メールでも手紙でもなんでもするから、連絡とるから。行かないでよ」
潮風に君の香りがふいに舞う
近づいてその瞬間に彼女が遠く見える
こんなに近くて、遠い。

「私のこと、忘れたりしない?」
「しないよ、絶対に。約束する」
小指をピンと出して証拠を出す
「いい、そんなことしなくって。」そういって僕の指にそっと触れる
「なんで、約束。」
「そんなことしなくても、信じてる。」そういって僕の指を頬に寄せた

そしてくちづけを。

あつこ 著