スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

優しくなりたいな (作者:あつこ)

優しくなりたいな 【8】

その夜も見事な月で僕は目を覚まさせられた
眠い目をこじあけて、ベランダの戸を開ける、まだ少し寒い。
桜の香りがここまで広がっている こんな夜だと言うのに

「なのはーなばたけーにいりーひうすれー」
繰り返し聞こえる「篠崎さん」の歌声
それにつられて僕も小声で歌う「みわたーすやまのーはかすーみふかしー」
ベランダで、裸足でこう月と桜を見ながら歌うというのはなんと清々しいことなのだろう、と感じた

その時、隣の部屋のベランダのカーテンが開いた
人口的な光が背後に降る
眩しくって思わず目を掌で覆った
ぼんやりとした、女の輪郭があたりをくるくると見回しているのが見えた
その姿は一瞬真弓にも見えた

あ、歌、聞こえてたのかな。と恥ずかしくなって暗闇が僕を覆えなくなる前に僕は自室へ戻った

「はるかーぜそよふーくそらーをみればー」

冷えた体をぬるくなった布団に入れる
歌声が聞こえる
あ、これは。この曲はまゆみの、真弓の歌だ。

「ゆうづーきかかりーてにおーいあわしー」

手探りでドライフルーツが入ったクッキーを探した
処分するに出来なかった
嫌いだったけれど、泣きながらクッキーを一枚取り出して口に入れた
なんでないてるんだ、俺。
なにがかなしいんだろう、とかいっぱい考えたけれど思い浮かぶことは出来なくって
歌声を子守唄に眠りにおちようとした

あつこ 著